仕様書がないシステムでも、すぐに引継ぎを諦める必要はありません。まず行うのは、完璧な資料を探すことではなく、システムを動かしている実体と、それを管理する権限を一つずつ確認することです。
引継ぎの初期段階では、分からない項目が残っていても構いません。「確認できたもの」「まだないもの」「誰に確認するか」を分けるだけで、次の調査を進めやすくなります。
引継ぎ前に、むやみに変更しない
状況が分からない段階で、契約の解約、アカウントの削除、サーバーの更新、パスワードの一斉変更を行うと、稼働中のシステムへ影響することがあります。
特にドメイン、サーバー、クラウド、メール送信、決済、外部APIは、契約停止がそのままサービス停止につながる場合があります。まず契約と利用状況を記録し、影響を確認してから変更します。
IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン第4.0版」は、業務で利用する情報資産を洗い出して台帳へ記入し、重要度を判断する手順を示しています。付録には、資産管理台帳、クラウドサービス安全利用、セキュリティインシデント対応の各資料もあります(2026年8月27日確認)。以下は、この考え方をシステム引継ぎ向けに整理した実務用テンプレートです。
コピーして使える引継ぎ台帳
この表を表計算ソフトなどへコピーし、1つの契約・環境・サービスにつき1行で管理します。同種の外部サービスを複数利用している場合は、サービスごとに行を複製してください。確認前の欄は空欄または「未確認」のままにし、推測で埋めないでください。「取得状況」は、ログイン可否だけでなく、会社名義で管理・復旧できるかまで確認します。
表は横にスクロールできます
| 対象 | 管理URL/保管場所 | 契約名義 | 管理者 | 取得状況 | 優先度 | 期限 | 未取得時の停止影響 | 次の確認 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ドメイン | 未確認 | 最優先 | 更新・DNS変更ができない | レジストラを確認 | ||||
| DNS | 未確認 | 最優先 | Web・メールの接続先を変更できない | DNS管理先と設定の控えを確認 | ||||
| サーバー/クラウド | 未確認 | 最優先 | 稼働維持・調査・復旧ができない | 契約・請求・管理者権限を確認 | ||||
| ソースコード | 未確認 | 高 | 修正・再配備・変更履歴の確認ができない | リポジトリと対象ブランチを確認 | ||||
| データベース | 未確認 | 高 | データ調査・退避・復旧ができない | 接続方法とバックアップを確認 | ||||
| バックアップ | 未確認 | 高 | 障害・誤操作時に復元できない | 対象・世代・取得日時・復元手順を確認 | ||||
| メール(サービス名:__) | 未確認 | 高 | フォーム通知・自動メールが停止する | 送信サービス・送信元・認証情報の参照先を確認 | ||||
| 決済(サービス名:__) | 未確認 | 高 | 購入・予約などの決済が停止する | 契約・利用機能・認証情報の参照先を確認 | ||||
| 外部API(サービス名:__) | 未確認 | 高 | 外部サービスとのデータ連携が停止する | 連携機能・接続先・認証情報の参照先を確認 | ||||
| 監視/ログ | 未確認 | 高 | 障害・侵害の検知や事後調査が難しくなる | 保存先・保存期間・通知先を確認 | ||||
| 運用手順/連絡先 | 未確認 | 中 | 定期作業・障害時判断が属人化する | 担当者とエスカレーション先を確認 |
パスワードや秘密鍵そのものは、この台帳へ記載しません。社内で承認されたパスワード管理・秘密情報管理の保管場所だけを記録し、閲覧権限を必要最小限にします。
ログインできるだけでなく、会社が契約と復旧手段を管理できるかを確認します。台帳の管理者欄には、日常利用者との違い、復旧用メールアドレス、多要素認証の管理方法を補足し、期限欄には契約更新日と次の確認期限を区別して記録してください。権限は正式なアカウントで必要な範囲だけ付与します。
初日・最初の1週間・引継ぎ完了時の確認順
初日:停止を避け、管理先を特定する
- 稼働状況と影響を記録する
- ドメイン、DNS、サーバー、クラウド、決済など停止影響の大きい契約を台帳へ登録する
- 契約更新日、請求先、管理者、緊急連絡先を確認する
- 障害や侵害の疑いがある場合は、変更より先にログや画面、発生時刻などを保全する
開発会社や前任者が連絡不能なら、状況ごとの時間軸は「開発会社と連絡が取れないときの初動」も併せて確認してください。
最初の1週間:実体と復旧可能性を対応付ける
- ソースコードと本番環境の対応、デプロイ方法、設定の保管先を確認する
- データベース、ファイル、外部API、バッチ、監視、ログの依存関係を整理する
- バックアップの対象・世代・取得日時を確認し、復元未確認ならそのまま記録する
- 未取得の権限ごとに停止影響、確認先、期限を決める
- 継続作業を「月額内」「別見積」「対象外」のどこへ置くか、見積書・契約書と照合する
保守範囲の分け方は「月額保守とスポット対応の違い」の契約確認表を利用できます。
引継ぎ完了時:第三者が再現できるか確認する
- 会社名義の正式な管理権限と復旧手段が確認されている
- 台帳の空欄・「未確認」に、次の確認先と期限が付いている
- 定期作業、障害連絡、変更・切り戻し、バックアップの手順が共有されている
- ソースコード、構成、データ、外部連携、ログの対応関係が説明できる
- 契約移管、解約、データ返却・消去などの条件を契約書で確認している
契約上の権利義務やデータ返却の可否は、台帳だけでは判断できません。契約書・利用規約と当事者間の記録を確認し、争いがある場合や法的判断が必要な場合は弁護士などの専門家へ相談してください。
システムの種類に応じて台帳へ追加する
Webサイト・WordPressで追加確認するもの
- WordPressの管理者アカウント
- テーマとプラグインの入手元、ライセンス、更新状況
- フォームの送信先と自動返信
- アクセス解析、タグ管理、検索管理ツール
- ステージング環境や公開手順
業務システム・Webシステムで追加確認するもの
- 利用者と権限の種類
- バッチや定期実行処理
- ファイルの保存先
- 他システムとのデータ連携
- 監視、ログ、障害通知
- 本番反映と切り戻しの手順
未確認の情報を引継ぎ先へ渡す
台帳には、システムの用途・利用者・重要な業務を添えます。仕様書を完全に再現する必要はありません。構成、接続先、作業方法、未確認事項が分かり、次の担当者が調査と保守を続けられる状態を目指します。
情報が少ない場合も、URL、普段の使い方、請求メール、社内の担当者、障害の発生日時は手掛かりになります。コードやサーバーへ到達できない場合は、取得できないものと影響を台帳へ残し、正式な再取得手続きや別の対応方法を検討します。
公式資料
- IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン第4.0版」および付録6〜8(資産管理台帳、クラウドサービス安全利用、セキュリティインシデント対応。2026年8月27日確認)
- IPA「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」(保守運用を含むモデル契約。参照法規は利用時に現行内容の確認が必要。2026年8月27日確認)